大野耕策先生講演会の記録

講演会ありがとうございました。先生のユニークな御話と共に、初めて知る情報もあり、参加して良かったと感じました。お母さん方の応答も良かったですね。
講演の記録メモ整理してみました。大野先生に読んでいただき、少し手を入れていただきました。「参加されなかった方々へも役に立てればうれしく思います」とのご返事で、当方のblogへの転載も許諾いただきました。ありがとうございます。これからもよろしく御願いします。主催された竹の子の会さんにも感謝です。(当方のblogへの転載の許諾も、いただいています)

大野耕策先生(鳥取大学・医学部・脳幹性疾患研究施設・脳神経小児科部門)講演会
題名:「知的・行動障害の背景にあるもの」
主催:竹の子の会近畿支部
日時:2004年7月10日
場所:東淀川勤労者センター

「知的・行動障害の背景にあるもの」プラダーウィリー症候群(PWS)の病気の特性

1、PWSの診断

病気として発見されたのは1950年代。自分が勤務を始めた頃は、先輩医師でPWSを診た人は誰も居なかった。私が最初に診たPWSの患者さんは、現在では成人されている。生まれた時の特徴として色が白い、目は一重瞼が多い、アーモンド状の形、ミルクを飲まない(3〜4歳以後の過食症の症状からみれば矛盾するが)泣き声が弱い、などが挙げられる。後述するような、PWSの生涯に渡る全体像についてお話すると、若い親の方には少しショックが感じられる内容もあるかも知れませんが、話します。

2、PWSの発症機構
15番染色体長腕の15q11〜13の領域にあるが、原因遺伝子はまだ完全には特定できていない。
この領域に父からの遺伝子しか読まないものと母からの遺伝子しか読まないものとがあるが、父の側の遺伝子失うとPWSとなり、母の側失うと、アンジェルマン症候群になる。父親側の欠失タイプ以外に片親性ダイソミー(この領域では読まれない母親の遺伝子が2重にある場合)と稀に相互転座タイプがある。父親側の欠失タイプでは全ての精子において遺伝子の変異がある訳ではないので、次の子供でもPWSが出生する確率はPWSが出生する確率と同じぐらいか僅かに高い程度と考えられる。
但し、父親が相互転座タイプの場合、他のタイプとは異なりPWSが遺伝する。
各タイプによって、PWSの性格は少し異なっている。最近の研究では、父親側の欠失タイプはジグソーパズルが得意、片親性ダイソミーは自閉的傾向がある等の報告がある。

PWSとジグソーパズルの能力(Dykens 2002)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=11944876
片親性ダイソミーは自閉性スペクトラム障害の傾向
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=14991431

3-1、PWSの出生頻度

鳥取県の場合  15000人に一人(1994年)
アメリカの場合 16000人に一人(1990年)

推計頻度として10000人〜15000人に一人であり、日本の推計患者数は寿命が健常者と同じとすれば、8500人程度と考えられる。各地域の養護学校におおむね一人は居ると思われる。
3-2、PWSの死亡原因
アメリカでの報告例(5歳以下の死亡、日本では報告例少ない)

5歳以下 発熱後の急死(原因としてPWSでは副腎が小さい事が関連している)
          ストレス耐性が弱い
          腸炎
          呼吸不全
年長児・成人  心不全・呼吸不全(肥満・糖尿病による)
          風呂での溺死(過眠)
          急性胃拡張・ショック死

4、PWSの病的側面
4-1、食欲と肥満、糖尿病
PWSは出生時体重が小さい。生後数ヶ月の体重減少が激しいが原因はミルクを飲まないという事だけでは説明できない部分もあり、不明である。出生後は身長、体重共、成長曲線は-2SD以下であるが、体重は食欲の出る時期を境に上昇し5歳頃に+SDを超える。身長は学童期に1/2ぐらいの子供は-2SDを上回るので、その時期での成長ホルモン治療の保険適用は受けにくい場合がある。
異常な食欲・肥満と関係する問題行動

                                              
日本でのアンケート調査から
  7歳未満 7から18歳 18歳以上
過食 15% 60% 80%
盗み食い15% 65% 80%
過眠5% 20% 50%
睡眠時無呼吸5% 10% 10%
過食症が何故幼児期に発症しないのか、その原因は不明である。
最近、グレリンが注目されている。グレリンは成長ホルモンの分泌と関連する。グレリンの濃度が高いと食欲が出る。PWSでは健常者の3〜5倍の血中濃度がある。最近の研究では、グレリン抑制すると、行動面が良くなったとの報告がある。グレリンの抑制によって、異常な食欲が抑制されるかは、まだ不明であるが、治療薬開発されるとすれば、グレリンに関係したものと予測されている。

グレリンとPWSの関係について(久留米大学 児島将康先生)
http://d.hatena.ne.jp/prader-willi/10000101

また、成長ホルモン治療中の死亡例が海外で3例報告されているが、それぞれ、無呼吸症等肥満が関連していると思われる。現段階での問題として、18歳以上のPWSの50%が糖尿病で、うち80%が糖尿病の治療を受けている事。PWSによる特定疾患としての保険適用は18歳までであり、療育手帳A判定無い場合は、以後は治療費が有料となる点も、考慮しておく必要がある。
4-2、知能と行動

                                                                          
PWSの知能
IQ 正常 境界 軽度 中等度 重度 不明
7歳未満4.8% 11.3% 11.3% 0% 1.6% 62.9%
7から18歳1.2% 18.3% 25.6% 17.1% 4.9% 31.7%
18歳以上0% 3.4% 27.6% 51.7% 0% 13.8%
IQ (正常>85)(境界70〜84)(軽度52〜69)(中等度36〜51)(重度<35)
(参考:14歳でIQ=50の場合、繰り上がり、繰り下がり計算が出来る程度の能力有)                                                
PWSの就労状況
 就労 作業所 無職
アメリカの調査19.9% 45.7% 35.4%
日本の調査7.4% 55.5% 37.0%
IQ値に較べて就労・社会生活能力が低い、これらの原因は何故か?

頻度の高い行動・情緒の障害
かんしゃく、頑固、一つの行動・考えにとらわれる、日常の小さな変化に混乱、些細な事で泣く、寡動、食べ物を得るため何でもする、嘘をつく、気分が変わる等

4-3、精神症状
感情障害(躁鬱)、強迫性障害(同じ事の繰り返し行動)等は投薬で対応可能なことが多い。
4-4 PWSの不適応行動の理解
PWSの不適応行動の理解については以下の3つのステップについて考えていく必要がある。

1、PWSの遺伝子の欠陥によって脳におこる解剖学、分子生物学的変化の理解=医学的アプローチの開発
2、遺伝子の欠陥による脳機能障害の結果おこる共通の性格、認知、行動、コミュニケーションのパターンの理解=教育的アプローチの開発
3、特徴的な性格や認知パターンによって生じる社会的不適応行動が出てくる背景の理解(PWSでも、うまくいっている人もいる。出会った人の対応によって異なってくる=不適応行動が出にくいような接し方を考える)

PWSに特異な脳機能の障害についての現在の糸口
1、異常な食欲に関して、何故グレリン血中濃度が高いのか?(視床下部の機能異常?)
グレリンが低下するとかんしゃくが減るという研究も最近報告されている。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?Db=pubmed&Cmd=ShowDetailView&TermToSearch=12915638&ordinalpos=38&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum
Circulating ghrelin levels are suppressed by meals and octreotide therapy in children with Prader-Willi syndrome.

However, one subject's parent noted fewer tantrums over denial of food during octreotide intervention

2、GABAA受容体が前頭葉、側頭葉、帯状回で減少している。GABAA受容体=興奮を抑制する。GABAA受容体に作用する抗てんかん薬topiramate(日本では未承認)の投与で皮膚の摘み取りが治ったという報告例がある。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=15176917
てんかん薬topiramate(日本では未承認)の投与で皮膚の摘み取りが治ったという報告

PWSに共通した認知障害と性格的特徴の理解と教育的配慮について
認知障害による部分
耳で言葉聞いて理解するより、目で見て認識する方が得意である。絵カードの利用が考えられる。
予定が狂うと混乱して怒る。対処として、予定を事前によく伝える工夫が必要、この辺りは自閉症と似ている。
喋る割に理解していない可能性がある。
年長の親は何故不適応行動生じるか、経験的に直感的に分かっている。その対応内容の共有が望まれる。
知的障害による部分
食欲によるストレス(常に食欲を抑えている為、情緒不安定。ストレスを減らす伝え方が大事である。環境変わると急に過食になったりする、母親に受け入れられようとして、我慢しているという部分もある。)
PWSの不適応行動が出やすいことを周囲に理解してもらうプロセス
これだけのIQを持つ子が社会に適応できる方法を皆で考えよう。
機能的MRIによる脳研究、大野先生の鳥取大学で御予定(研究参加者募集中との事)
自閉症ADHDの専門家との交流も方法。親の会と基礎研究者、臨床医との交流も大事。
PUBMED等ネットでの情報収集も近年、PWSの情報増えてきているので、活用可能。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi
PUBMEDのHP

PWSについては、まだまだ分からないことばかりである。

以上で講演会終了。

てつろうの感想
特に、先生の御話で、記憶に残った部分は、最後のところで言われた、「PWSは、まだまだ分からないことだらけ」という部分でしょうか。それだけに治療法等開発の余地があるという事ですし、大野先生の率直なコメントに、かえって希望が湧いてきました。
それと「これだけのIQを持つ子が社会に適応できる方法を皆で考えよう」という御提言は自立困難な部分があると言われるPWSに対して、対応の仕方や社会の認知によって、まだまだ可能性があるという事ですから、一歩ずつ取り組んでいきたいと改めて思いました。大野先生ありがとうございました。これからもよろしく御願いします。