ニシナリにfenceはないと猫は言う」

夜、enocoへ行き、トークショー聴きに行きました。

草本利枝】写真展 + 連続トーク「ニシナリにfenceはないと猫は言う」
「教育×福祉×芸術文化:協働の可能性」
http://breakerproject.net/archives/000216.php
Breaker Projectさんのwebより引用

アーチャンが支援学校中等部に入学と同時に、放課後お世話になった今池子供の家の西野さん出演だったし、お話聴いてみたいと思いました。
Breaker Projectさんと今池子供の家さんと我家が出会えたのも、我家にいろいろなアクシデントがあって、流転のように辿り付いた場所での出会いだったのですが、縁という他に言葉が無いですね、本当に良い出会いに感謝しています。
記憶を辿ると、最初にBreaker Projectさんと出会っています。
その頃、西成青少年会館の陶芸教室にアーチャン連れて通っていて、陶芸への興味から、きむらとしろうじんじんさんの通天閣での陶芸野点に参加してBreakerさんの存在を知ったのだと思います。
その後、こどもオーケストラを始められ、西成区の子供対象ということで参加しましたが、その時、同じ教室に居た筈なのですが、今池子供の家の皆さんの事は、覚えていませんでした。
支援学校入学後、放課後どうしようと、探したところ、子供の家という施設があり、障害児も見てくださるというので、いくつかある子供の家の、どこに通うか地図で探してみたら、ちょうど地下鉄動物園前から我家へのルート上に、今池子供の家さんがあり、伺った次第。
それで、以降は今池子供の家のメンバーとして、こどもオーケストラに参加してという流れでした。
小学校の時は、いろいろついていけなくなっていて、アーチャンも少し不登校気味だったのですが、支援学校に通うようになり、放課後、今池子供の家さんにお世話になるようになってから、毎日通えるようにもなりました。
その西野さんも、今池の居られたのは、その年が最後でしたし、キングオブあそパーの西野さんの最後の年に出会えるて、これもまたアーチャン強運伝説のひとつと思いますね。
こどもオーケストラの大友良英さんとは、こどもオーケストラ以前に、療育園でアーチャン同期だった子が、神戸の音遊びの会の立上時のメンバーで、ご家族に誘っていただいて、音遊びの会さんのワークショップに参加していましたが、なにせ毎週、山の上の神戸大学の音楽アトリエまで通うのが、こちらが厳しくなってきて、フェードアウトしてしまったので、音遊びの会と協働されていた大友さんとライブ出演させてあげたかったなと思っていたので、願いが、子供オーケストラで何度も適い、本当に嬉しい思いを感じています。
今日のトークショーは、そんな今までの記憶を辿りながら、お聞きしていましたが、西野さんとBreakerさんとの出会いもまた、偶然の出会いから始まっていること、今日はじめてお聞きして、ほんとうにナローパスというのか、不思議だなという思いを強くしました。
西野さんが言われていた、サードプレイス、学校でも家でも施設でもない、第三の居場所の大事さと、それが社会の中では価値が認められにくいこと、などとても共感しました。
以前、興味持って考えていた、サードマン(命の危機に陥って、身体のエネルギー使い果たした時に、観る幻想のような守護神のこと)のこと思い出しました。
何でサードマンて言うんだろ、サードプレイスとサードマンのサードて同じ意味なんだろうかと。
同じとしたら、我家にとっては西野さんとの出会いはサードプレイスであり、サードマンでもあるなと。
(西野さんを守護天使というのは、外見的には無理ですが(笑))
今池子供の家も今の酷い政治状況に翻弄され、何度も存続の危機に陥っていたようで、詳しくは知りませんでしたが、今もまた厳しい状況。
このようなサードプレイスの価値が広く社会に認知され、存続していくことを願わずにはおれません。
そんな思いを新にしました。
本当に感謝です。