マッキー、歌詞でテツローのセリフ「無断使用」?

テツロー、僕もてつろうだから反応する。

歌手の槇原敬之(まきはらのりゆき)さん(37)が作詞・作曲し、人気デュオ・CHEMISTRYが歌う新曲「約束の場所」の歌詞に対し、漫画家の松本零士さん(68)が自作「銀河鉄道999」からの無断使用だと、槇原さんに謝罪を求めていることが19日、分かった。
 松本さんによると、今月はじめ、この曲の「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」という歌詞が、自作に登場する主人公のせりふ「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」に酷似しているのに気付き、CHEMISTRYが所属するレコード会社に電話で抗議した。
 その後槇原さん本人が「どこかで見るか聴いた記憶があったかもしれない」と答えたという。16日には同社関係者が松本さん宅に謝罪に訪れた。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20061019i405.htm?from=main4
読売新聞のHPより

どちらが正しいとかは特に思いませんが、歌詞とセリフを読むと、一瞬とてもよく似てると感じます。でもそれが示している世界は、まったく違うもののように思えますね。
槇原敬之さんの歌詞「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」に対して、松本零士さんのは、「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」と、夢が時間を裏切る可能性について述べていると読めます。夢を無意識的世界、時間を意識的世界と勝手に読み替えると、槇原さんのは、決定論的でかつ意識と無意識とが対称性を持っていて、区別がない世界のように見えてきます。松本さんのは、蓋然性があり、非対称な印象を感じます。たぶん、これはどちらか一方の世界観の優劣ではなく、相互に補完しているものとも言える。そして槇原さんのアルバムに「雨ニモ負ケズ」というタイトルのものがあるように、宮沢賢治さんの精神世界への傾倒があり、無意識の領域=鉱物質的なイメージと、意識の世界とが区別の無いような世界を思い描いたのかもしれません。
「どこかで見るか聴いた記憶があったかもしれない」ということで、記憶の中に残り、かつ、その時に、どこかに松本零士さんが描く賢治的テーマの世界には、彼なりの違和感があって、知らないうちに、それが補完的な言葉として表現されたとしても、不思議では無いなと思います。
僕の知人に宮沢賢治への思いが嵩じて、それまでの生活を捨てて、賢治の故郷に移り住み、記念館の係員にまでなつてしまった人がいますが、賢治的世界は、それほどまでに強烈な光を発しているという事なんだと、記事を読んでいて改めて思いますね。
北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ(雨ニモマケズの一節)