キリンアートプロジェクト2005を観る

食事の後、KPOキリンプラザ大阪にて「キリンアートプロジェクト2005」を観る。

http://www.kirin.co.jp/active/art/kpo/art/now.html
2005年10月29日(土)〜12月11日(日)入場無料

公募で選ばれた4組のアーティストとゲストアーティストの束芋さんの作品が4〜6階に展示してありました。これだけの密度のある展覧会、入場無料ですし、多くの方に観て欲しいと感じました。知らない作家さんばかりでしたが、共通して、身近なものたちを集積していくことで、スケールを持ち始め、ランドスケープと手や顔の領域の中間体のような感触があり、良い印象を持ちました。淀川テクニックという、淀川のゴミを集めて作品つくりをしているグループのものは、ネベェルソンhttp://www.artcyclopedia.com/artists/nevelson_louise.htmlのように廃材を美しいオブジェに変えてしまうような魔法を使うわけでなく、ただひたすら薄汚いままスーパーの定型量り売り包装がなされて販売(?)されていて、これを買う人居るか?と呆然とする。それでもベースになっているのが、ものを介しての人間との関係構築に有ると感じるし、そこが評価されて、実際に河川も綺麗になってきているらしい。個人的には、そのような感情を廃したら、どうなるのかと感じる。中学生の春休みの頃、クラブの仲間と大和川までランニングして、練習していたら、川に酸欠になった鮒が大量に浮いてきて、流されていくのを見た光景を思い出した。
大森隆義さんの河原の人物をつなげたランドスケープ化しそうなタブローを見た為かもしれない。顔/カオス的な印象。顔と背景の全てにピントが合うのは絵画の特権でもある。
石上純也さんの巨大なテーブルも、面白い作品でした。これはどこから搬入したのか、現場で継いだのか、これでよく水平に保たれているなとか、脚の止め方に、特別な工夫が隠されているんだとか、これが普通のディテールのテーブルだったらどうだったんだろうと想像する。
最上階のゲストの束芋さんの作品は、完成度の高い作品でした。円筒形の大きな走馬灯のようなスクリーンにシームレスに写される、巨大な手と足のパーツが粘土細工のように変形合体分離しながら、気持ちの悪いリズムで、延々と動いている。顔を失った世界が無限に繰り返されるような息苦しいような感触。最後にこれも気持ちの悪い羽根の枚数の多いバッタが出てきて、宙に消えていき、何かに食べられたような音とともに、透明な羽根だけが舞い落ちてきてお終いという構成。見えない存在が決定的な行為をなしていて、エンドレスな世界にとりあえずの終止符、安定のサイクルをもたらすという構図は、個人的には、あまり好きではない。エンドレスにただ繰り返されているだけの映像では作品として成立しなかったのだろうか?