「白虎」は胴体と前脚分断へ キトラ古墳壁画はぎ取り

prader-willi2004-09-04

文化庁提供の画像見ると、漆喰のところと既に剥離して下地の岩が露出しているところが同時に見えている。僕的には、この状態のままが心引かれるな。何で、この状態のままで残したいと思わないんだろう?フェルメールの絵への感想http://d.hatena.ne.jp/prader-willi/20040824#p1で少し書いたけれど、下地の部分(無意識の領域と言えるかもしれない)がクラック通して見えてくる状態の再現は意識レベルの行為で作ることは困難で、意図して作品として作ろうとしても、スクラッチ等の偶然の作用の力借りないと出来ないところがあるからだ。修復計画にアーティストは参加してるんだろうか?
少し前に建築家の内田祥哉先生の講演会で正倉院(木造校倉作り)についてお聞きした事思いだした。従来、正倉院の宝物が適切な湿度で守られてきたのは、外壁の校倉の木材が湿気を吸ったり吐いたりして、自然に適度に保つ作用があったからだとされてきた。それに疑問感じた内田先生が建物内外の温度と湿度のデーターを取ったところ、正倉院の内外の湿度の差は、ほとんど無かったのである。そこから先生は「校倉の効果ではなく、単に奈良のあの場所の気候風土が宝物の保存に適していただけだ」と結論されていた。言われてみれば何だ、と思うような内容だけれど、キトラ古墳にしても、何もしなくても今まで適切な状態で保たれてきたのだろう。今更何もしなくても良いとは思わないが、何もしないのと同等の環境作ることは出来るだろう。違うかな?

http://www.asahi.com/culture/update/0903/009.html
asahi.comより