Necdin遺伝子とPWSの関係について

プラダー・ウイリー症候群とNecdin

Necdin(ネクディン)は、1991年にニューロン神経細胞ともいいます)がつくられる時に出てくる物質として発見されました。はじめの数年間は、Necdinがどのようなものか、全くわからず、暗中模索の状態が続きました。マウス(ハツカネズミ)では、Necdinは殆どのニューロンで出ていますが、特に、脳内ではホルモン分泌に重要な視床下部や生命維持活動に必要な脳幹部のニューロンに多く存在します。その他にも筋肉を動かすのに必要なニューロンや感覚を伝えるニューロンなどにも多く存在します。
また、ニューロンだけではなく、筋肉細胞や脂肪細胞などにも出ています。Necdinはおそらくこれらの細胞が成熟するプロセス(「最終分化」と呼ばれています)に重要な働きをしていると考えられます。
 私たちがヒトのNecdin遺伝子(NDNと略されます)についての基礎研究をしていた頃(1997年)のことです。欧米の別々の3つの研究グループからほぼ同時に、プラダー・ウイリー症候群(PWS)ではNecdin遺伝子が欠損していることが報告されました。
Necdinはニューロンの成熟プロセスに働くことが予想されていたので、PWSの原因遺伝子の候補として注目されました。フランスの研究者は、Necdin遺伝子を破壊したマウスでは、視床下部の特定のニューロンの減少、皮膚の引っ掻き行動、空間学習記憶力の増加が出現することを見つけました。また、米国とカナダの研究者はNecdin遺伝子の欠損マウスでは脳幹部にある呼吸中枢に異常があることを報告しています。これらの症状はPWSの症状と類似していますので、現在ではNecdinはPWSの原因遺伝子として有力視されています。
 しかし、これらのNecdin遺伝子を欠損したマウスではPWSの主な症状である食欲異常や性的発達障害などは出ませんでした。上記の症状も、マウスの種類によって出るものと出ないものがありました。おそらく、この原因は欠損するNecdin遺伝子の代わりをする別の遺伝子が存在するためと考えられます。実際、Necdinの発見以来、Necdin遺伝子と構造がよく似た遺伝子が続々と見つかっています。これらはMAGE(メイジ)と呼ばれるガン免疫に関係した遺伝子群で、ヒトでは50種類以上存在することが報告されています。その中の数種類はNecdinとよく似た働きをする可能性があります。私たちはこれらの遺伝子の働きについての研究もしています。PWSの患者さんによって様々な症状に差があるのは、これらの遺伝子の出方が違うためかもしれません。
 どの病気でもそうですが、病気についての正しい理解と予防や治療を計画するためには、原因となる物質がどのようにしてその病気を起こすのかについての研究が重要です。Necdin遺伝子が欠損するとなぜPWSで見られるような症状が出るのかを理解するためには、Necdin遺伝子からつくられる蛋白質についての地道な研究が必要です。
PWSは「ゲノム刷り込み」という医学や生物学で最先端のトピックスとなっている現象に基づく病気の代表なので、小児科医だけでなく、世界中の多くの基礎研究者が関心をもっています。PWSとの関連からNecdinの研究も海外では盛んになってきています。より多くの研究者がPWSとNecdinの関係に関心をもって研究をすれば、PWSの原因究明にも拍車がかかるものと思います。また、逆にPWSの研究によって、Necdinの性質がより詳しくわかれば、細胞が成熟するメカニズムが明らかになり、脳神経の病気だけでなくガンや免疫などの様々な病気の原因解明や診断治療に役立つことも期待できます。私たちの行っているNecdinの基礎研究が、謎の多いPWSの原因を明らかにすることに少しでも役立てば嬉しく思います。

2003年11月8日
大阪大学 蛋白質研究所 蛋白質機能制御部門 吉川 和明

http://www.protein.osaka-u.ac.jp/regulation/index_jap.html