松尾宇人展&mizutama「tokoro」展#01

アートスペースジューソーさんの松尾宇人展&mizutama「tokoro」展#01の展覧会の感想含めたメモ。

デュシャンの生まれた1887年の2年後にはキネトグラフが発明されていますが、その前後に生きたアーティストの作品の方法なども興味深い。

動画技術が生まれる前の作家と、以後の作家と。

例えばゴッホはキネトグラフ発明の直前の1890年に自殺していますが、彼の晩年の揺らぐ描画は、観察者中心座標系は揺らいでおらず、環境中心座標系の揺らぎを描いており、それは動画的技術の開発への人々の無意識の現われなのかと感じます。

対して、デュシャンのように動画技術を知る世代でありながら、階段を降りる婦人像のような、分解写真のような描画をあえて描いた人も居る。

何故、デュシャンは動画的表現を取りつつ、あえて、静止画としてのタブローや、大ガラスのようなものを描いたのか興味深い。

おそらく、静止描画に較べて比較にならない程のリアルな情報量を盛り込める動画に対して、デュシャンは、多元的に見えていながら、単一の機械的なカメラからの視点での時制に一元的に圧縮されたものとして、動画表現に関わらなかったのではないかと空想する。

そこから彼の、個人的な視点を崩壊させていく、様々な試みが始まっているかのように見えます。

30年前に出版された宇佐美圭司著「デュシャン」を読み終えたところなのですが、いろいろ興味深い記述がありました。

大ガラスの制作と並行して書かれ、作られたグリーンボックスのメモが、大ガラスのコンセプトでもあるらしく、その出発点が、デュシャンが友人達と出掛けた1912年のドライブ旅行であるらしい。1912年の頃の自動車て、どんなものなのか、よく分りませんが、現在の私たちがドライブした時の気分とはおそらく比べ物にならない、興奮とイメジネーションを刺激する経験だったろうと、思います。

当時の自動車がどんなものであったか、検索してみると、概ねオープンカーのようで、フロントガラスが衝立のように水平にニ分割されてあります。

大ガラスとは、ちょうどそのような車のフロントガラスに映し出される、車外の光景であったり、逆に映りこむドライブ仲間の姿であったのかもしれません。

先日、アートスペースジューソーで拝見した、松尾宇人さんの、ドライブ中の機械的に撮影された写真作品を観ていて、本の記述と、写真のフロントガラスのイメージとがシンクロしてきて、強くそう感じました。

そして、改めて感じる、カメラの視点とはやはり機械的な視点でしかなく、そこに人間的な視点を偽装した視点を盛り込むことで初めて、人間的な感情を共有するようなものであると。

松尾宇人さんの作品はしかし、あくまで機械的な視点のみの提示で、人間的な視点を偽装した視点を盛り込むことは試みられていませんでした。

それに対して、廊下に設置されていた、ミズタマさんの映像作品は、ピンポイントで人間的な視点を偽装した視点を盛り込むことを試みるような、そんな印象がありました。

デュシャンの遺作とされる、「(1)落ちる水(2)照明用ガスが与えられたとせよ」の覗き穴からの視点含めたメカニズムは、人間の視点も、それも実は機械的な視点と根源的な部分で差異は無いことの表明なのかもしれません。